ヒトラー政権下のドイツ、ベルリン造幣局で製造された5ライヒスマルク銀貨。当時の5ライヒスマルク銀貨はナチス時代のドイツにおける最も高価値のコインでした。
この銀貨は目立つ傷や流通による磨耗が無く、ほぼ造られた時の状態を保っています。日常的に市中で使用されていた額面のコインでもある為、ここまで良好な状態で残されているものは貴重です。
1930年代のベルリン市風景 ヒトラーが独裁体制を敷いた第三帝国時代、ナチスは一般大衆に自家用車を普及させる「国民車(フォルクスワーゲン)計画」を立ち上げました。一般の労働者でも余暇活動組織「歓喜力行団」を通じて積立金を支払えば自家用車が手に入る計画として、ナチスの目玉政策として実施されました。その計画では国民車一台の価格を1,000ライヒスマルクと設定し、毎週5ライヒスマルクを積み立てれば、4年後には車を入手できるというものでした。このことから、その当時の5ライヒスマルクの価値がどれほどであったかが想像できます。
しかし1939年に第二次世界大戦が勃発すると、自動車生産は全て軍需用にまわされた為、4年間の積み立てを待つまでも無く計画は破綻し、実際に車を手に入れた労働者はいませんでした。
※パウル・フォン・ヒンデンブルク(1847年~1934年)・・・・・第一次世界大戦時のドイツ帝国軍参謀総長であり、大戦下の指導者として国民の人気を集めた。戦後のワイマール体制下では大統領を務め、晩年にはアドルフ・ヒトラーを首相に任命した。
大戦の英雄であり、大統領であったヒンデンブルクは、ワイマール時代から発行された多くの記念コインに表現されていた。1934年の死去後、ヒトラーが総統となりナチス体制が確立されると、通常貨の2ライヒスマルク銀貨と5ライヒスマルク銀貨の肖像として使用された。なお、ベルリンオリンピックが開催された1936年の途中から、国章の鷲はハーケンクロイツ(鉤十字)の入ったナチス・ドイツ国章タイプに変更されている。