ヘレニズム時代に栄えたギリシャ系王朝の一つ、グレコ=バクトリア王国で発行されたテトラドラクマ銀貨。表面には王の肖像、裏面にはギリシャ神話の神が表現された、典型的なヘレニズムスタイルのコインです。
表面には象の毛皮を被った
デメトリオス1世の横顔肖像が打ち出されています。象は古来より武勇と強大な力を象徴する動物であり、その象を討ち取った王の偉大さを視覚的に表しています。特にデメトリオスはインド方面への拡大を推進した王として知られ、その治世はバクトリア王国の最盛期と云われています。ギリシャ風のコインでありながら、アジアらしさが表現されています。
裏面にはギリシャ神話の英雄
ヘラクレスが表現されています。裸のヘラクレスは巨大な棍棒を携え、自らが討ち取ったネメアのライオンの毛皮を持っています。筋骨隆々としたたくましいイメージはインドに伝わり「ヴァジュラパーニ」となり、中国、日本では仏教の守護神「執金剛神」と呼ばれるようになりました。
左右には発行者である王を示す「
ΒΑΣΙΛΕΩΣ ΔΗΜΗΤΡΟΥ (王たるデメトリオス)」銘が刻まれています。
バクトリアの主要なギリシャ式都市 アイ=ハヌムの遺跡 バクトリア王国は現在のパキスタン、アフガニスタン、イラン北部、インド北西部にまたがる広大な領域を支配した王国でした。アレキサンダー大王(マケドニア王アレクサンドロス3世)による東方遠征の後、現地に残留したギリシャ系兵士達は独自の文化を守り、各地で大きな勢力を保持しました。紀元前3世紀の中頃、セレウコス朝シリアから自立したバクトリア王国は、ヨーロッパとインド大陸、中国大陸との交易の中継地として繁栄し、その領土も拡大を続けました。その中においても、各種彫刻に代表される芸術文化や、ドラクマ、スターテルといった幣制に至るまで、遠く離れたギリシャ本土の文化を保持したのです。