2世紀中頃、マルクス・アウレリウス帝による治世初期の古代ローマ帝国で発行されたアウレウス金貨。この金貨は、ローマ帝国東方の大国パルティアを打ち破ったことを記念して発行された特別タイプの一枚です。

表面には、豊かな巻毛に覆われた頭部に月桂冠を戴き、ローマ軍最高司令官の軍装に身を包んだマルクス・アウレリウス・アントニヌス帝 (通称マルクス・アウレリウス帝 在位：AD161年～AD180年)の胸像が打ち出されています。ハイレリーフで表現された彫刻的な胸像は、マルクス・アウレリウス帝の豊かな頬髯や巻毛、高く通った鼻筋と思慮深げな目まで明確に表現されています。その風貌は軍人というよりも、思索を深めたギリシャ哲学者を思わせます。

　アントニヌス・ピウス帝(在位：AD138年～AD161年)の養子として帝位を引き継いだマルクス・アウレリウスは、幼い頃から秀才として周囲から注目され、副帝として養父の治世をよく補佐しました。
　またギリシャ哲学(ストア哲学)に造詣が深く、その一生を通じて瞑想と思索を繰り返し、あらゆる事柄に関して自問自答を繰り返していました。自らを省みるために綴った日々の書簡やメモはまとめられ、後に『自省録』の名で残されました。世界史的名著の一つに数えられたこの書は、長く世界中で読み継がれ、各時代のリーダーたちの愛読書となりました。

　マルクス・アウレリウス帝はローマ帝国の最盛期「五賢帝時代」最後の皇帝であり、まさに賢帝の名に相応しい人物として記録されています。その為、人間的に最も高潔なローマ皇帝として今尚世界中で根強い人気があります。彼のストイックなまでの高潔さや禁欲的な生活、その治世を通して美徳を実現させようとした姿勢は、後のローマ皇帝たちからも聖人君主の見本として賞賛されていました。

　「哲人皇帝」として後世から高い評価を受けるマルクス・アウレリウス帝ですが、その治世は蛮族の侵入や疫病の蔓延など、内憂外患に悩まされました。特に治世初期の難題が、東方の大国パルティアとの戦いでした。

　現在のイランを中心に栄えたパルティアは、歴史的にローマ帝国の東方国境地帯における最大の安全保障上の脅威でした。ローマとパルティアは、シリアやアルメニア、メソポタミア、現在のイラクにあたるティグリス・ユーフラテス河流域を巡って戦いを繰り広げましたが、一進一退の状態は長く続いていたのです。

　先帝のアントニヌス・ピウス帝の治世には大きな衝突はありませんでしたが、マルクス・アウレリウスが皇帝に即位したAD161年にパルティアはローマとの緩衝国であったアルメニアに手を伸ばし、対立姿勢を明確にしました。

　そこでマルクス・アウレリウス帝は義弟で共治帝のルキウス・ウェルス帝(在位:AD161年～AD169年)を指揮官として東方へ派遣し、アルメニアからパルティアの勢力を追い出すことに成功しました。勢いに乗ったローマ軍はパルティア本土へ攻め上り、王都クテシフォンを占領して勝利を収めたのです。

　ルキウス・ウェルス帝と配下のローマ軍はAD166年にローマ凱旋を果たし、マルクス・アウレリウス帝と元老院、そしてローマ市民から熱狂的な歓迎を受けました。この華々しい功績を讃え、元老院は二人の皇帝に「パルティクス・マクシムス (偉大なるパルティア征服将軍)」と「パテル・パトリアエ (国父)」の尊称を授けました。

　今回ご紹介するアウレウス金貨に打ち出されたマルクス・アウレリウス帝の肖像周囲部には、ラテン語で「M ANTONINVS AVG ARM PARTH MAX」という銘文が刻まれています。これはマルクス・アウレリウス帝の略式尊称号であり、「マルクス・アントニヌス帝 アルメニア征服将軍にして偉大なるパルティア征服将軍」を表しています。

　裏面には勝利の女神ヴィクトリーが、円盾を支えている姿で表現されています。大きな背翼を有したヴィクトリー女神は、勝利と栄光を象徴する椰子の枝葉を持っています。そして円盾の中には、対パルティア戦争の勝利を示す「VIC / PAR」の銘が刻まれています。
　勝利の女神が、ローマ帝国と軍団、そして若き哲人皇帝マルクス・アウレリウス帝の偉大なる勝利を祝福する姿として表現されているのです。