2世紀初頭、最盛期の古代ローマ帝国で発行されたアウレウス金貨。当時のアウレウス金貨は90%以上の金純度を有し、一枚でデナリウス銀貨25枚、セステルティウス青銅貨100枚、アス青銅貨400枚に相当するとされていました。小粒ながらあまりにも高価値であるため、一般市民の掌の上に乗ることはまず無かったでしょう。
アウレウス金貨は基本的にローマ市内の国立造幣所で造られ、主に大規模公共事業や戦費、軍人等への恩給など国家の歳出を目的として発行、使用されました。特にアウグストゥス帝~五賢帝時代までのアウレウス金貨は特に純度が高く、後の時代には蓄財用として富裕層の豪邸などに貯めこまれました。
当時は金貨、銀貨、小額の各種青銅貨に至るまで、裏面には象徴化された神の全身像が表現されることが普通でした。しかし国家的事業や時の皇帝の偉業を宣伝するために、興味深いデザインが刻まれることが多々ありました。今回ご紹介するコインもそうした一枚であり、裏面には戦勝凱旋車に乗るトラヤヌス帝が表現されています。コインの両面共に皇帝の姿が刻まれるのは、皇帝自身の強い宣伝意欲の表れであり、政治的信念を誇示する必要性を感じた場合であったと推察されます。
今回ご紹介するアウレウス金貨は、トラヤヌス帝によるダキア戦争(AD101年~AD106年)を顕彰するデザインが刻まれています。
ローマ五賢帝を代表する武帝トラヤヌスは領土拡大政策を推進し、自ら敵地へ赴いて兵を鼓舞しました。結果、彼の治世中にローマ帝国は史上最大の版図を持つに至ったのです。
現在のルーマニアにあたるダキアはデケバルス王が統治し、ローマとの対立を深めていました。トラヤヌスは二度にわたる戦争でデケバルス王を破り、彼の地をダキア属州として併合したのです。その際、ダキアから大量の戦利品がローマへもたらされました。その中には大量の金が含まれていたと伝えられています。
金貨の表面には、月桂冠を戴くトラヤヌス帝(在位:AD98年~AD117年)の胸像が打ち出されています。周囲部には「IMP TRAIANO AVG GER DAC P M TR P COS V P P (最高司令官 トラヤヌス帝 ゲルマニア征服将軍にしてダキア征服将軍 大神祇官にして護民官特権の保持者 執政官五回目の国父)」の尊称号が刻まれています。
このアウレウス金貨は、第一次ダキア戦争(AD101年~AD102年)と第二次ダキア戦争(AD105年~AD106年)の間に造られたものと推察されていますが、同様のタイプでトラヤヌス帝が軍装したものがAD106年に発行されています。その為、この金貨も第二次ダキア戦争後のAD106年に造られたものとも考えられます。
トラヤヌス帝による偉大な勝利はローマ史に残るものであり、その功績はローマ市内の戦勝記念柱にも残されています。後世に残る形で自らの業績を誇示したかったトラヤヌス帝は、永遠に腐敗することのない金貨にも繰り返し刻ませたのでしょう。おそらくダキアから持ち出された戦利品の金を使用して造らせたと推察されています。
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