ローマ共和政時代、BC44年の初めに発行された美しいデナリウス銀貨の表面には、当時の最高権力者、ユリウス・カエサル(BC100年~BC44年)の横顔肖像が打ち出されています。
このコインはカエサルがブルートゥスらの手によって暗殺される直前のBC44年1月~2月にかけて、ローマ市内の国営造幣所にて造られたものです。
BC44年1月~2月の時期、カエサルは自らの政敵を一掃し、比類なき権力を確固たるものにしました。卓越した軍事的才能と成功によってローマ市民の支持を得たカエサルは、2月には正式に「終身独裁官」となり、名実共にローマで最も力のある人物となったのです。このデナリウス銀貨はカエサルにとっての最盛期に造られたものであり、最高権力の証とも云うべきものでした。
しかし権力の絶頂にあったのも束の間、BC44年3月15日にブルートゥスらの凶刃によって、激動の生涯に幕を下ろしたのです。
表面に打ち出されたユリウス・カエサルの肖像は、首が細く痩せ型でありながら、眼力のある人物として表現されています。頭髪も細かく刻まれ、勝利者の象徴である月桂冠をその上に戴いています。コイン自体はカエサルの存命中に造られており、肖像は本人の特徴を忠実に捉えたものであると思われます。
左端には、三日月を間に挟んだ「P M」の銘が刻まれています。これは当時カエサルが有していた「大神祇官(Pontifex Maximus)」の尊称号を略したものであり、カエサルの権威を象徴しています。
右端には「カエサル 最高司令官(CAESAR IM)」の銘が刻まれ、軍事的指導力を持っていることを示しています。
裏面には、美と愛の女神、ヴィーナスが表現されています。ヴィーナス女神はローマ人の祖として伝えられるトロイの英雄アエネアスの母親とされ、カエサルが属したユリウス氏族は自らの先祖として宣伝しました。
特にカエサルの時代に発行された各種コインには、このヴィーナス女神のモティーフが多く刻まれています。
このコインでは、長い王笏を持ったヴィーナス女神が、右手上に勝利の女神ヴィクトリーを乗せている姿で表現されています。背翼を大きく広げたヴィクトリー女神は左側に向かって、月桂樹のリースを掲げています。周囲部には「L AEMILIVS BVCA」の銘が刻まれており、BC44年当時、貨幣発行責任者の一人であったルキウス・アエミリウス・ブカの名を表しています。
このコインが発行されてから僅か二ヶ月あまりの間に、カエサルは終身独裁官としてローマ政治の頂点を極め、そして暗殺されたのです。ローマ史上最大の英雄と謳われたカエサルの、束の間の栄華を物語る貴重なコインです。
今回ご紹介するカエサルのデナリウス銀貨は、古代コインの収集家のみならず、ローマ史愛好家にも求められる人気の一枚です。カエサルの肖像を刻んだコインはいくつかの種類が見られますが、いずれも発行期間が極端に短く、それゆえ希少性の高いものがほとんどです。特に肖像が美しく打ち出され、なおかつほとんど使われずに残っているものは大変貴重であり、ここまで良好な状態のコインが出ることは珍しいと言えます。
価格:0円(税込)