紀元前1世紀半ば、共和政時代の古代ローマで発行されたデナリウス銀貨。
表面には
花の女神フローラの横顔像が打ち出されています。頭部は花のリースで飾られ、右側にはフローラの名を示す
「FLORA」銘が確認できます。フローラを表現した古代ローマコインの例は非常に少なく、貴重な一枚といえるでしょう。
フローラはその名の通り花(Flower)の女神であり、春をもたらす豊穣の女神とされました。もともとギリシャのニンフ(妖精)であったクロリスが、彼女に恋した西風の神ゼピュロスによってイタリア半島に攫われ、彼の地でゼピュロスと結婚して花の女神フローラになったと伝えられました。その姿はうら若き乙女の姿で表現され、花を身に纏い、あるいは花弁を撒き散らし、春の到来をもたらすイメージで表されています。
花と春の女神 フローラ (19世紀 フランツ・ヴィンターハルターの作品 原題は『The Spring』)
女性らしさの象徴となったフローラは、男性社会のローマではコインにほとんど表現されませんでした。その意味でもこのコインは特異な背景を持っているといえるでしょう。ルネサンス~近現代の芸術家達は「花」と「美しい乙女」という組み合わせを体現したフローラを、度々作品として残しています。
なお、コインの裏面に向かい合う二人の兵士が表現されています。片足をあげて剣を並べている様子から、戦いではなく盟約、誓約の儀式を象徴しているように見受けられます。円盾に表現されているモティーフは太陽、もしくは表面のデザインから花ではないかと推測されます。
小さなスペースの中に表されたデザインから様々なことを想像させる、魅力的な古代ローマコインです。