裏面デザイン「錨に絡みつくイルカ」はウェスパシアヌス帝のコインにも表現されていたものであり、父帝のコインを踏襲した意匠でした。このデザインは古代ローマの格言「Festina lente (ゆっくり急げ=急がばまわれの意)」を象徴化したものであり、初代皇帝アウグストゥスやウェスパシアヌス、ティトゥスも自らのモットーとしていました。治世最初期のドミティアヌス帝のコインに表現された背景には、従来の皇帝たちの姿勢を踏襲する意向を示す目的があったとみられます。
時を経た16世紀、ヴェネツィアの出版者アルドゥス・ピウス・マヌティウスは自らが所有していたウェスパシアヌスのデナリウス銀貨をもとにして、このデザインをプリンターズマーク(印刷出版業者の商標)として採用しました。このコインは当時の著名な人文学者ピエトロ・ベンボが、交友のあったマヌティウスに贈ったものだったとされています。このコインはマヌティウスにとって生涯の宝物だったようで、エラスムスなど他の重要な学者仲間にも見せて回っていたそうです。
アルドゥス・ピウス・マヌティウスのプリンターズマーク