マルクス・アウレリウス帝の治世下に発行されたセステルティウス貨。共同統治者だった義弟ルキウス・ウェルス帝の神格化を記念して発行されました。
大型のコインであるセステルティウスは、当時のローマ市民にとって身近なコインの一つでした。日常の買物や各種支払いに用いられ、様々な物品の値段を記した古文書にも会計単位として登場します。
1世紀~2世紀頃のセステルティウスはおよそワイン1リットルの価格に相当し、ローマ人の生活に欠かせないコインでした。1/4デナリウス、アス銅貨では4枚の価値に相当したセステルティウス貨は「アウリカルクム(※古代ギリシャの文献に登場する幻の金属 オリハルコンに由来)」と呼ばれる真鍮(黄銅)によって造られており、製造時は鈍い金色をしていました。長い年月を経て現存しているものは、その大半が変色し、黒っぽい緑色をしている例が多く見受けられます。また日常的に頻繁に使用されたコインであるため、保存状態が良く残されているものは希少であり、時には銀貨よりも高い評価を受けて取引されます。
通常、古代のコインは壺などに入った状態でまとまって出土します。その多くは当時の人々が貯蔵していたものですが、一般的には価値の高い金貨や銀貨が蓄財されていました。一般的に広く流通していたセステルティウスは日常生活で使用されるため、あまり蓄財されず、また材質の問題から美しい状態で出土することは稀です。
ルキウス・ウェルス帝(在位:AD161-AD169)はマルクス・アウレリウス帝の共治帝で義弟であり、パルティア戦争やパンノニア遠征などの戦役にあたっては、首都ローマに留まった義兄に代わって軍を率いました。ローマ帝国史上初の共同統治はルキウス・ウェルスが義兄帝の指示を受けるという形で機能しましたが、生真面目な哲学者肌のマルクス・アウレリウスと享楽を好んだ派手好きのルキウス・ウェルスとは性格的に合わなかったとも云われています。
このコインはルキウス・ウェルス帝の崩御後、元老院によって神格化されたことを記念して発行されました。表面にはルキウス・ウェルス帝の肖像が表現され、裏面には両翼を広げる大鷲が表現されています。古代ローマでは皇帝が崩御すると、大神ユーピテルの聖鳥である大鷲に乗って天に召され、やがて神に列せられると考えられていました。大鷲に乗る皇帝像は神格化された皇帝の理想像であり、記念碑のレリーフなどにも同じ構図で表現されています。