コンモドゥス帝(在位:AD180年~AD192年)はマルクス・アウレリウス帝の息子として皇帝位を継承した。しかし哲人皇帝と呼ばれた父帝とは異なり、コンモドゥスは誇大妄想の強い危険な君主だった。彼は剣闘士に強い憧れを抱き自らを「ローマのヘラクレス」と称し、剣闘士試合にも出場した。またローマを「コロニア・コンモディアナ (コンモドゥスの都の意)」と改称し、1年の月の名称を全て自らが決めた月名に変えるよう命じたという。
ヘラクレス風剣闘士に扮するコンモドゥス (ピーテル・パウル・ルーベンス作 1599年~1600年)
コインの肖像は一見すると父帝マルクス・アウレリウスとよく似ているが、その目は瞼が重く、まるで夢想しているような印象を受ける。この傾向はコンモドゥス帝が暗殺され、狂気に満ちたその治世を終えるまでみられた。