紀元前3世紀初頭、トラキア王リシマコスによって発行されたテトラドラクマ銀貨。古代ギリシャを代表するコインの一つに数えられる名品コインです。
リシマコスはかつてアレキサンダー大王配下だった将軍の一人であり、大王亡き後の後継者(ディアドコイ)戦争中はトラキアと小アジアを支配しました。
表面にはマケドニア王国のアレキサンダー大王(アレクサンドロス3世 在位:BC336年~BC323年)の横顔肖像が打ち出されています。頭部にはダイアデム(帯)を巻き、側頭部には太い巻角が生やされています。
側頭部に表現された巻角は、古代エジプトの大神アモンの象徴です。かつてアレキサンダー大王がエジプトを征服した際、当地の神官から「大王はアモン神の息子」という神託を授かったことに由来しており、神格化された大王を表現しています。
アレクサンドロス3世の胸像 裏面には知恵と戦術の女神
アテナの坐像が表現されています。武装したアテナ女神は、右手の上に勝利の女神ニケを乗せています。その左右には発行者を示す
「ΒΑΣΙΛΕΩΣ ΛΥΣΙΜΑΧΟΥ (王たるリシマコス)」の刻銘があります。
リシマコスは自らの肖像をコインに刻ませず、代わりに亡き主君の肖像を表現しました。伝説上の英雄として神格化された大王の偉業を讃えることで、リシマコスがその正統な後継者であることを視覚的に誇示したのです。