【世界七不思議―ハリカルナッソスのマウソロス霊廟】 マウソロスは紀元前4世紀半ばのカリア地方を統治したサトラップ(太守)です。港湾都市ハリカルナッソス(*現在のトルコ,ムーラ県ボドルム)を拠点とし、自らの勢力をエーゲ海域の島嶼部に拡大させました。太守としての地位はアケメネス朝ペルシアから認められたものでしたが、ギリシャでの戦争に介入してコス島やロードス島、キオス島を勢力圏内に置いたマウソロスは、事実上独立国の王として振る舞いました。またギリシャ文化に強い関心を示し、ハリカルナッソスに自らを葬る大霊廟を建設させたことでも知られます。
マウソロスの霊廟 (後世の想像図) ギリシャから招聘した優れた建築家や彫刻家によって建立された霊廟の美しさ、壮麗さは地中海に広く知られ渡り、その名声から
「世界七不思議」のひとつにも数えられました。それから1800年近くにわたって霊廟は丘の上からハリカルナッソスの街を見守っていましたが、15世紀に十字軍がこの地を征服すると、新たな要塞を建設するための資材として撤去され、その姿は完全に失われてしまいました。
マウソロスの妹妃 アルテミシア (1630年頃, フランチェスコ・フリーニの作品)
紀元前353年、霊廟の完成を見ないままマウソロスが没すると、妹であり妃だったアルテミシアがカリアの統治権を継承します。彼女はマウソロスの偉業を称えるため霊廟の建立を引き継ぎ、富を惜しみなくつぎ込んで豪華なものにしたと云われています。後にアルテミシアが没するとマウソロスと同じく霊廟に葬られましたが、最終的に完成したのはそれより後だったと考えられています。