1世紀初頭、ユリウス朝時代の古代ローマ帝国で発行されたデナリウス銀貨。ティベリウス帝の治世初期に、ガリア地方の植民都市 ルグドゥノム (現在のフランス、リヨン市)の造幣所で造られた一枚です。ティベリウス帝の大きな目がはっきりと分かる横顔肖像、両面に配された尊称号銘も明瞭に確認できる打ち出しです。
表面には、月桂冠を戴く第二代皇帝
ティベリウス(在位:AD14年~AD37年)の立体的な横顔肖像が打ち出されています。治世当時のティベリウス帝は暗愚な皇帝と評価され、ローマ市民の人気も低い皇帝でした。歴史家は当時の怪しげな噂話を多く記したことから、長らく暗君と見られていました。しかし近年は、ローマ帝国の基礎を磐石にした堅実な皇帝として再評価されています。
ティベリウス帝 リウィア 裏面にはティベリウス帝の生母
リウィア(BC58年~AD29年)が表現されています。平和の女神パックスとして表されたリウィアは玉座に腰掛け、王笏とオリーヴの枝葉を持っています。
リウィアは初代皇帝アウグストゥスの妻であり、夫亡きあとも皇帝の母として影響力を保ちました。リウィアが崩御した後、国母としてアウグストゥスの神殿に祀られ、同神殿は「アウグストゥス・リウィア神殿」に改称されました。
このタイプのデナリウス銀貨は、新約聖書に記されているイエス・キリストの逸話に登場する銀貨とされています。新約聖書のマタイ福音書には、布教中のイエス・キリストの言動が記されています。
ある時、ユダヤの律法学者が布教中のイエスのもとへ現われました。唯一神への帰依を説くイエスに対して、学者はそれを肯定した上で、「では自らを現人神とするローマの皇帝に税金を納めるべきか否か」と問いかけます。
それに対してイエスは一枚のデナリウス銀貨を持ってこさせ、律法学者に見せて問いました。「これには誰の肖像と名前が刻まれているか」。すると律法学者は「皇帝です」と答え、それに対してイエスは
「では皇帝のものは皇帝に、神のものは神に帰しなさい」と応えたとされています。
この逸話は信仰と現実社会の矛盾を解く問答として、広く知られています。
イエスが布教していた時代のローマ皇帝はティベリウスであり、彼の治世中のデナリウス銀貨はこのタイプが主だったことから、このコインが聖書に登場する銀貨とされているのです。(※聖書では「カエサルのものはカエサルに~」と記されている場合もありますが、これはコインの銘に称号の一つとして「CAESAR」とあるためです。)
欧米では「
Tribute Penny (献納デナリ)」の通称で知られるこのコインは、キリスト教圏を中心に根強い人気があります。聖書の時代に造り出され、後世の人々にも影響を与えた、歴史的にも重要性の高い古代ローマコインです。