2世紀半ば、アントニヌス朝時代の古代ローマ帝国で発行されたセステルティウス貨。大型のコインであるセステルティウスは、当時のローマ市民にとって身近なコインの一つでした。日常の買物や各種支払いに用いられ、様々な物品の値段を記した古文書にも会計単位として登場します。1世紀~2世紀頃のセステルティウスは、おおよそワイン1リットルの価格に相当し、ローマ人の生活に欠かせないコインでした。1/4デナリウス、アス銅貨では4枚の価値に相当したセステルティウス貨は「アウリカルクム(※古代ギリシャの文献に登場する幻の金属 オリハルコンに由来)」と呼ばれる真鍮(黄銅)によって造られており、製造時は鈍い金色をしていました。長い年月を経て現存しているものは、その大半が変色し、黒っぽい緑色をしている例が多く見受けられます。このコインでは、造られた当時の金色が微かに残されています。
セステルティウス貨は民衆に身近なコインだった上、サイズが大きかったことから皇帝の政治的な宣伝や功績を誇示する意匠が盛んに表現されていました。哲人皇帝として知られるマルクス・アウレリウス帝の治世初期に発行されたこのコインでは、トーガを身に纏った
マルクス・アウレリウス帝(在位:AD161年~AD180年)と、義理の弟で共同統治帝だった
ルキウス・ウェルス帝(在位:AD161年~AD169年)が、互いに握手する姿で表現されています。
マルクス・アウレリウス帝 & ルキウス・ウェルス帝 ルキウス・ウェルスの父ケイオニウスは、ハドリアヌス帝から後継者に指名されていましたが、病気のため即位する前に没しました。ルキウス・ウェルスはマルクス・アウレリウスと共にアントニヌス・ピウス帝の養子となり、将来的な後継者と目されました。
アントニヌス・ピウス帝が崩御し、マルクス・アウレリウスが新皇帝として即位する際、マルクスは義弟のルキウスを「共同統治帝」として共に即位できるよう、元老院に要請しました。皇帝が同時に二人並立することは前例が無く、全く異例のことでしたが、マルクスはルキウスに外征・軍事面を任せ、自らは内政に集中することで巨大なローマ帝国を効率的に統治しようと考えたようです。
生真面目で禁欲的なマルクスと、享楽的なルキウスは対称的な兄弟でしたが、ローマ史上初の共同統治帝は共に協力し合い、帝国の統治を円滑にしようと努めたようです。このコインのデザインは二人の兄弟皇帝が固く手を取り合い、協力しながらローマ帝国を統治していく施政方針を、当時の一般民衆に示したものでした。ローマ帝国の重要な転換期を語る上で、重要な史料といえるコインです。