紀元前4世紀の古代マケドニア王国で発行されたスターテル金貨。この金貨はフィリッポス3世の治世下、宮廷が置かれていた古代都市 ペラの造幣所で造られました。このスターテル金貨の意匠は、先々代の王 フィリッポス2世が発行した金貨をそのまま踏襲しています。
金貨の表面には、
月桂冠を戴く光明神 アポロの横顔像が打ち出されています。当時、マケドニア王国はアポロの神託で知られるデルフォイの隣保同盟に二議席を有していました。金貨の表面に表現されたアポロ神は、マケドニア王が神によって庇護されていることを示すと共に、王国の権威を高める意匠でもありました。
裏面には疾走する
ビガ
(二頭立て馬戦車)が表現されています。下部には発行者フィリッポスの名銘
「ΦΙΛΙΠΠΟΥ」が刻まれています。このデザインはBC352年(またはBC348年)のオリンピア競技祭で、マケドニアの選手が戦車競走で優勝した場面を表現しているとされます。
青年神アポロの巻毛の短髪や月桂冠、ふっくらとした若々しい頬、生きているような目など、非常に細かい部分まで確認できます。また裏面のビガの躍動感も素晴らしく、芸術的な造型といえるでしょう。磨耗や傷の少なさから、この金貨が2300年もの間、奇跡的に大切に保存されて現代に伝わったことが分かります。ここまで素晴らしい状態で現存する金貨は大変貴重であり、滅多に出ることの無い状態です。
マケドニア王国の最大領域版図 このスターテル金貨が発行された頃、マケドニア王国の版図はトラキアやギリシャ、エーゲ海域などを遥かに超え、小アジア、エジプト、ペルシア、インドにまで至る広大なものになっていました。アレキサンダー大王(アレクサンドロス3世)の東方遠征によって世界帝国となったマケドニアは、活発な軍事活動に伴い大量の金貨銀貨を必要とし、各都市の造幣所で製造が行われました。パンガイオン鉱山から産出される豊富な金と、東方遠征によってもたらされた戦利品によって、良質なスターテル金貨やドラクマ銀貨を発行、流通させることが可能になったのです。特にアポロ神のタイプの金貨はマケドニア本国で多く造られていることから、主にマケドニアを中心とするギリシャ本土で使用されたものとみられます。ギリシャ内での交易や、駐留する兵士たちへの恩賞金などとして用いられたと考えられています。
このスターテル金貨は、強大国となったマケドニア王国の富と権勢の証であり、2300年前の黄金の輝きを保っている貴重な宝物です。古代王国の最盛期に造られた、繁栄の名残といえる金貨です。