• ローマ帝国 エジプト属州  ネロ帝/ポッパエア妃
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 ローマ帝国統治下のエジプト属州で発行されたテトラドラクマ貨。当時のエジプト(アエギュプトゥス)はローマにとって重要な属州の一つであり、大都市ローマへ小麦を供給する穀物地帯でした。そのため皇帝直属の属州として開発が進められ、中心都市アレクサンドリアは文化と経済の要衝として繁栄しました。エジプト属州では現地通用の「ドラクマ」単位のコインが発行され、その意匠は現人神としての皇帝の権威を高めるものでした。

 このテトラドラクマ(=4ドラクマ)貨はネロ帝の治世下に、アレクサンドリアの造幣所で造られました。

 表面には、光の冠を戴く皇帝ネロ(在位:AD54年~AD68年)の横顔肖像が打ち出されています。後世では「暴君」の代名詞となったネロ帝ですが、このコインでは若々しい青年像として表現されています。

 裏面にはネロ帝の皇妃ポッパエアが表現されています。その当時ローマの上流階級で流行したヘアスタイルを施し、小さな丸顔の女性像として表現されています。左上には「ΠΟΠΠΑΙΑ(ポッパエア)」の名銘が刻まれています。右側に表現された「L ΙΑ」銘は、このコインがネロ帝の治世11年目(=AD64年~AD65年)に造られたことを示しています。


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                 後世に描かれた「ポッパエア」と「ネロ」

 ポッパエア・サビナはネロ帝の友人であったオットー(後に皇帝)の妻でしたが、ネロ帝に見初められて愛人となりました。その後、自らの権力欲を満足させるためネロ帝をそそのかし、実母アグリッピナや前の皇妃オクタウィアを殺害させて皇妃の座を手に入れたと云われています。

 野心家で残酷な一面のあるポッパエアは、一方で類稀な美貌の持ち主として後世に伝えられました。伝承ではポッパエアは美しい白い肌を保つため、毎日ロバのミルクの風呂に入り、寝る前にはそのミルクを顔に塗っていたとされ、遠方への移動の際には数十頭のロバを引き連れさせたと伝えられています。夫であるネロ帝は美しいポッパエアを愛し、そのために彼女に操られていたとする歴史家もあります。

 このコインは表裏に皇帝・皇妃を表現し、神格化された夫婦の姿を今に伝えています。しかしこのコインが造られたのと同じ頃、AD65年にポッパエアは死去しました。通説では些細なことで憤慨したネロがポッパエアを蹴り飛ばし、お腹の中の子と共に死なせたと噂されました。

 「暴君」ネロと、「魔性の美女」ポッパエアの因縁深い歴史を刻んだコイン。興味深い物語に彩られた、重厚な古代ローマの遺産です。


 

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