紀元前2世紀、トラキア地方の都市メセンブリア(現在のブルガリア、ネセバル)で発行されたテトラドラクマ銀貨。製造後ほとんど流通した痕跡のみられない、非常に希少な状態。トーンのかかり具合、打ち出しも美しい一枚です。
表面にはライオンの毛皮を被り、神話上の英雄ヘラクレスに扮した
アレキサンダー大王(マケドニア王 アレクサンドロス3世 在位:BC336年~BC323年)の横顔像が打ち出されています。アレキサンダー大王はヘラクレスに強い憧れを抱き、また自らの一族を「ヘラクレスの末裔」と称していました。そのため、彼はライオンの毛皮を被ったヘラクレスに重ねたイメージで表現されます。
獅子の毛皮を被ったアレキサンダー大王(後世の作品) 裏面には
大神ゼウスの坐像が表現されています。玉座に腰掛けるゼウス神は左手で王笏を支え、右手上に鷲を乗せています。左下には兜も配されています。左右には「
(Β)ΑΣΙΛΕΩ(Σ) ΑΛΕΞΑΝΔΡΟΥ(王たるアレクサンドロス)」の名銘が刻まれています。
アレキサンダー大王は銀貨の発行において、当時アテネで採用されていた「アッティカ基準」の重量を採用し、征服地を含めた帝国の各都市で同一基準のテトラドラクマ銀貨を造らせました。その際、両面のデザインも統一したことで、広域な貨幣経済圏を築き上げようと試みました。
アンフィポリスからアレクサンドリア、バビロンなど31都市で発行されたテトラドラクマ(4ドラクマ)銀貨は膨大な量に及び、アレキサンダー大王が築いた大帝国を支えました。帝国が崩壊した以降もこのコインは各地で造られ続け、ギリシャ語銘やギリシャ神話に基づくデザインとともに継承されていきました。ギリシャ文化を伝播させる役割も担ったこのコインは、古代地中海世界の国際通貨になり、大王の死後200年以上にわたって発行されたのです。このコインの基準は長く守られ、ヘレニズム・オリエント世界の模倣すべき基準とされました。