2世紀初頭、ローマ帝国東方のアラビア属州(アラビア・ペトラエア)で発行されたドラクマ銀貨。ヨルダンのペトラ遺跡で知られる「ナバテア王国」はAD106年にトラヤヌス帝によって征服・併合され、新設された「アラビア属州」として再編されました。トラヤヌス帝は新たな属州にローマ交通網の一つ「新トラヤヌス街道」を敷設し、州都ボストラとペトラ、外港アカバを結びました。この新街道の完成後に発行されたのが、このコインだと云われています。
ナバテア王国の古都「ペトラ遺跡」 (ヨルダン) ローマが統治拠点とした都市ボストラ(ボスラ)で造られたこのドラクマ銀貨は、ローマ本国のデナリウス銀貨とほぼ同じ重さ・大きさですが、周囲の銘がラテン文字ではなくギリシャ文字になっています。このことから現地のアラビア属州内での流通を想定していたことが分かります。一説には、トラヤヌス帝によるナバテア王国征服と、アラビア属州新設を記念するために発行されたとも云われています。
表面には、月桂冠を戴く
トラヤヌス帝(在位:AD98年~AD117年)の胸像が打ち出されています。小さいながら皇帝の表情や顔の皺、髪の毛から軍司令官の衣装まで細かく打ち出され、細部までしっかりと残された希少な状態です。
裏面には、
アラビアを象徴するラクダの全身像が表現されています。このラクダの背中にはコブが二つあることから
「フタコブラクダ」とみられます。現在、野生のフタコブラクダは絶滅寸前であり、主にモンゴルや中央アジアに生息しています。しかしこのコインをみる限り、当時はまだフタコブラクダがアラビアでも見られたことが分かります。
(※現在のアラビアで見られるラクダのほとんどは、コブが一つのヒトコブラクダです)
通常、東方属州で発行されたローマコインは粗雑なものが多く見受けられますが、このドラクマ銀貨はローマ本国のコイン以上に細かく彫刻されています。また流通の痕跡はほとんど見受けられず、保存状態も完璧なまでに良好です。遠い異郷の地でも花開いたローマ人の高い技術力。コレクションするには最適の、素晴らしい古代コインです。