紀元前5世紀後半、最盛期の都市国家アテネで造られたテトラドラクマ銀貨は、当時のアテネの強大な国力と経済力の象徴であり、ギリシャ世界各地で貿易決済用通貨として広く受け入れられました。特にアテネにおける
パルテノン神殿建設やペロポネソス戦争の勃発などは、このコインの製造数と流通量を増大させた歴史的転機として知られます。 このコインは、アテネを統治した将軍
ペリクレス(BC495年~BC429年)が活躍した時代に発行されました。ペリクレスはアテネの市民中心の民主政を尊重する一方で、類稀な指導力を発揮してアテネの黄金時代を築いた英雄です。
ペリクレスの胸像 彼はギリシャ諸都市で作る「デロス同盟」に蓄えられた諸都市からの供出金を、アテネの発展の為に流用しました。今回ご紹介するテトラドラクマ銀貨(ドラクマ銀貨4枚の価値に相当)も、デロス同盟の金庫から拝借した銀で造られ、アテネに建立されたパルテノン神殿の費用に使用されたのかもしれません。
また、その後に勃発したアテネとスパルタとの戦い
「ペロポネソス戦争」の戦費として使用されたかもしれません。ギリシャ全土を巻き込んだ戦争に敗れたアテネはかつての繁栄を失い、やがて衰退へと向かうのでした。
コインの表面には
都市国家アテネの守護女神であり、知恵と戦術を司る処女神として信奉されたアテナ神の横顔肖像が打ち出されています。大きな瞳と耳飾り、優しく微笑んだ表情が特徴的であり、頭部は武神であることを示す兜で覆われています。丸いアッティカ式兜の側面には、オリーヴの葉が刻まれています。その独特の造型は「アルカイックスマイル」と呼ばれ、古代ギリシャを代表する芸術様式の一つとして知られています。
尚、アテネのアクロポリスに聳え立つ「パルテノン神殿」は、訳すと「処女神神殿」とされ、アテナ女神に捧げられた神殿として建立されました。
アテネのアクロポリスに建つパルテノン神殿 裏面には、アテナ神の聖鳥であるフクロウ(コキンメフクロウ)の全身像が表現されています。
通称
「ミネルヴァのフクロウ」とも呼ばれるコキンメフクロウは、学名では「Athene noctua」と呼ばれています。右端に刻まれた
「ΑΘΕ」の銘は、発行国家アテネの名を示しています。左上にはオリーヴの枝葉と共に、夜半であることを表す三日月が表現されています。
アテナ神が被る兜の装飾羽がしっかりと打ち出されている他、女神の優しげな表情が表された素晴らしい造型です。裏面のフクロウとオリーヴ、三日月と「ΑΘΕ」銘も欠けることなく全て打ち出されており、コレクションとして収蔵されるには申し分ない状態です。