紀元前1世紀の古代ローマで発行されたデナリウス銀貨。
表面には月桂冠を戴く光明の
美男神 アポロの横顔像、裏面には右手を挙げる
サテュロス 「マルシュアース」の立像が表現されています。ギリシャ神話に登場するマルシュアースという名のサテュロスは、アポロ神と音楽対決を行ったために、悲劇的な結末を迎えたことで知られています。
ある時マルシュアースが森を彷徨っていると、二本管の笛を見つけます。マルシュアースがその笛を奏でてみると、他のサテュロスや妖精たちが褒め称えるほどの腕前でした。実はその笛は知恵の女神アテナが作ったもので、拾った者に災いが降りかかるようにとの呪いがかけてありました。
音楽の神アポロはマルシュアースと腕前を競おうと、ムーサ(ミューズ)の女神たちを審判者として音楽合戦を提案します。マルシュアースは笛、アポロ神は竪琴を奏で、結果はマルシュアースが僅差で優勢に成りました。するとアポロ神は竪琴をひっくり返して演奏をはじめ、笛では同じことはできないとして判定を覆してしまったのです。
マルシュアースは反則だとして抗議しましたが、結局アポロ神の勝利となってしまいました。勝者は敗者に何をしても良いと決められていたため、アポロ神はマルシュアースに生きながらにしての皮剥ぎを命じたのでした。
この名場面は美しいアポロ神と醜いサテュロスの対比として、またアポロ神の冷酷さや身勝手さを表す場面として、古来様々な美術品に表現されてきました。この人気のテーマは古代ローマでも知られ、ついにはコインのデザインにも採用されたのです。ギリシャ神話の世界観を表裏で表現した、興味深い古代コインです。