ローマ帝国属州時代の古代エジプトで発行されたテトラドラクマ貨。テトラはギリシャ語で「4」を意味し、ギリシャ幣制を使用していたエジプトの一般民衆向けに造られたコインです。銀含率5%以下の低品位銀「Billon」によって造られており、ローマ本国で発行されていた「デナリウス銀貨」とほぼ等価だったと考えられています。
ローマ帝国時代、エジプトは「ローマの穀物庫」とも呼ばれ、ワイン用ブドウの栽培が中心となったイタリア半島に代わってローマの食糧供給を担っていました。皇帝直属の属州として重要視され、特に
ハドリアヌス帝(在位:AD117年~AD138年)は個人的にエジプトでの滞在を気に入り、属州都アレクサンドリアは商業や文化が発展したことで繁栄を謳歌しました。
コインの裏面には、
ナイル川の神が横たわる姿で表現されています。リラックスした様子のナイル神は、
ナイル川に繁る葦を手にし、傍らには
ナイルワニ(クロコダイル)を従えています。
神殿の壁画に刻まれたナイル川の神「ハピ」 左右でナイル川の上流(上エジプト)と下流(下エジプト)を表す このナイル神像は、古代エジプト神話のナイル川の神
「ハピ」が基になっているとみられます。ハピ神もコイン上に刻まれたナイル神と同じく、乳房が垂れ腹が出た肥満の男性像として表現されています。また頭部には鉢巻と蓮の花が巻かれていますが、これもハピ神と同じ特徴です。ローマ風にアレンジされた古代エジプトの神の姿であり、ローマとエジプトの文化融合を示すものです。
ギリシャ系のプトレマイオス王朝を経てローマ帝国の支配下に入ったエジプトでは、急速に社会・文化のローマ化が進んでいました。ミイラの文化など、信仰面では独自性を保っていましたが、穀物を生産する豊かな属州の一つとして市民生活の文化水準は高く、ローマの伝統や文化も上手く取り入れられていました。こうした異文化の融合は、当時のエジプト市民の間で使われていたコインのデザインにも表れています。
同時代のエジプトで造られた「ミイラ肖像画」。包帯で巻いたミイラの顔部分に置かれました。この頃には伝統的なマスクではなく、故人の生前の容姿を活き活きと描いたものが流行していました。ローマ帝国時代のエジプト人の服装や髪型、装飾、化粧などを今に伝えています。この頃から既に、人々の容姿もローマ風になっていたことが分かります。