紀元前4世紀末の古代エジプトで発行されたテトラドラクマ銀貨。
　当時のエジプトはアレキサンダー(アレクサンドロス3世　在位:BC336年～BC323年)によって征服された後、マケドニア王国の版図に組み込まれていました。その為、発行されたコインはギリシャ幣制の「ドラクマ」単位で造られています。

　アレキサンダー大王はエジプト滞在を特に気に入り、古代遺跡や神殿を多く訪問したと伝えられています。ピラミッドやアモン神殿に参詣し、そこで大王こそ「アモン神の息子」であるという神託を授かります。この神託に基づいてアレキサンダーはエジプトにおける王「ファラオ」に即位し、エジプトの正統な統治者であることを示しました。
　地中海に面したナイル河の河口に自らの名を冠した都市「アレクサンドリア」を建設し、そこをエジプト統治の中心としました。エジプトを重要視した大王は、自身の忠臣であったプトレマイオスをエジプト太守に任じ、エジプト統治を任せたのです。

　BC323年に大王が崩御すると、忠臣だった将軍たちの間で後継者戦争(ディアドゴイ戦争)が勃発します。各将軍たちは自らこそ、アレキサンダー大王の後継者を自任し、広く宣伝しようと努めました。エジプトを任されていたプトレマイオスは計略によってアレキサンダー大王の遺体をエジプトに運び、大王を祀る霊廟を建立したと云われています。

　このコインは、エジプトを支配したプトレマイオスが、首都アレクサンドリアの造幣所で造らせたものです。
　表面には、象の毛皮を頭に被ったアレキサンダー大王の肖像が打ち出されています。
　アフリカ大陸に位置するエジプトにおいて、当時アフリカゾウは見慣れた動物の一つでした。それ以上に象は強大な力を象徴する動物として認識され、それを倒して毛皮を頭巾にしてしまう人間は、霊的な力を有した最強の人間と考えられていました。ここではプトレマイオスがアレキサンダー大王の後継者であることを示すと共に、亡き大王が神話上の英雄に匹敵する神がかり的人物であったことを宣伝しています。

　裏面には、知恵と戦略を司る女神アテナが表現されています。アテナ女神は兜を被り、円盾と長槍を右方向に構えて武装しています。左端には、アレキサンダー大王の名を示す「ΑΛΕΞΑΝΔΡΟΥ」の銘が刻まれています。

　このコインが発行されて以降のBC305年に、プトレマイオスはエジプトのファラオを宣言し、プトレマイオス朝エジプト王国が成立します。それ以降はエジプト王になったプトレマイオス1世自身の肖像がコイン上に刻まれることになったのです。