初代皇帝アウグストゥス治世下の古代ローマ帝国が統治した、シリア属州の都アンティオキアで造られた銀貨。まだイエス・キリストが生まれて間もない頃、西暦6年頃に発行され、東方地域で使われていたものです。テトラドラクマは「4ドラクマ」を意味し、当時の東方地域で使用されていたギリシャの幣制を採用しています。
表面には月桂冠を戴く
アウグストゥス帝(在位:BC27年~AD14年)の肖像が打ち出されています。アウグストゥス帝は76歳で崩御するまで帝位にありましたが、その間に発行されたコインは全て30歳代の若い肖像が刻まれました。ローマ本国だけでなく、属州で発行されたコインも例外ではありませんでした。
裏面には
幸運の女神テュケと、
河神オロンテスが表現されています。オロンテス川はアンティオキアの北側を流れる川であり、当時はこの川の流域に主要な都市が築かれていました。現在のシリアでは「アシ川」と呼ばれています。
テュケは東方で特に信仰された神のひとつであり、ローマでは「フォルトゥーナ」の名で知られました。このコインでは城塞冠を被り、手には椰子の枝葉を持っています。足元には、オンテロス神が河を泳いでいます。
アンティオキアのテュケ (ヴァチカン美術館所蔵) アンティオキア市の守護女神としてのテュケ女神を表現した大理石像。このコインのデザインと同じく、城壁冠を戴くテュケ女神が座し、片手で椰子の枝葉を持っている。足下に河神オンテロスが泳ぐ姿も同様の構図。この組み合わせやモティーフが、当時のアンティオキア市では象徴的なものとして一般化していたことが分かる。本作はローマ時代に製作された再現品であり、紀元前3世紀にエウテュキデスが作成したブロンズ像を基にして製作された。
アウグストゥス帝の治世は栄光と繁栄に満ちたものとして、後の皇帝や歴史家から「理想の統治像」として憧れを集めました。属州をはじめ、多種多様な民族や文化を抱えるローマ帝国は、アウグストゥス帝の巧みな統治の下、システム化されて効率よく統治されていました。このコインは、アウグストゥス帝治世下のローマ帝国の多様性を物語る遺物として、歴史的な価値があります。
『アウグストゥスの世紀』