【皇帝フランツ・ヨーゼフ1世　御在位60周年記念】


　民族問題で国内に火種が燻っていたオーストリア=ハンガリー帝国にとって、1908年の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世在位60周年は帝国の統一を図る絶好の機会でした。帝都ウィーンをはじめ各地で様々な記念式典や祝賀会が開催され、国父として崇敬されていた老皇帝の栄えある治世が宣伝されていました。特にウィーンで開かれた記念パレードは莫大な費用と人員が動員され、帝国各地の民族衣装で着飾った人々や、ドイツ諸侯をはじめとする諸外国の要人も出席し、華やかな祭典になったようです。



　　　　　　　　　　　　ドイツ諸侯から祝辞を受けるフランツ・ヨーゼフ1世 (1908年)

　記念の品々も多数作られ、カップやポストカード、絵画や記念切手、記念コインが数多く発行されました。コインは「雲上の女神」として有名な100クローネ金貨をはじめ、20クローネ金貨、10クローネ金貨、5クローネ銀貨、1クローネ銀貨などが製造・発行されました。特に銀貨は一般の流通市場にも投入され、当時のオーストリア市中でも盛んに使用されました。


　表面には当時の皇帝 フランツ・ヨーゼフ1世(在位:1848年～1916年)の横顔肖像が打ち出されています。この肖像は1908年の在位60周年に際して採用されたものであり、10クローネ金貨では1908年銘と1909年銘にのみ表現されました。
　その周囲部には「FRANC・IOS・I・D・G・IMP・AVSTR・REX・BOH・GAL・ILL・ETC・ET・AP・REX　HVNG. (フランツ・ヨーゼフ1世 神の恩寵たるオーストリア皇帝 ボヘミア・ガリツィア・イリュリア等の王 並びにハンガリー使徒王)」銘が配されています。皇帝の称号や額面などは、多民族国家だったオーストリア=ハンガリー帝国の内情を反映し、ドイツ語ではなく中立的なラテン語で表記されています。

　縁部分には陰刻によって「VIRIBVS VNITIS (フィリブス・ウニティス)」銘が刻まれています。これはラテン語で「力を合せて」を意味し、多民族国家オーストリアのモットーであり皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の個人的な信念でもありました。1912年には同名の戦艦が就役しています。

　第一次世界大戦前のウィーンで生活していた若き日のアドルフ・ヒトラーは、絵葉書や水彩画を描いて日銭を稼いだとされ、一枚当たり3クローネほどで販売していたと伝えられています。